猫作家のつれづれ日記。 ただいま二歳の娘の育児に奮闘中。とにかく腰が痛い。
2017年06月12日 (月) | 編集 |
6/12はトラの、6/13はクロの命日です。

毎年これくらいの時期になるとふと思い出し
お花とごはんを買いに行きました。

今回はフラスコっぽい花瓶に生けてみました。
なかなかいい感じです。
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娘が「なんだこれー?」というふうにニコニコとお花をじっと見てました。

昨日旦那と「トラとクロの命日だね」と話してました。
「もうずいぶん経ったなあ。本当にいろいろあったよね」とポツリ。

「6年前になるんだよなあ」としみじみ思っていました。
あちらで元気に遊んでるのかなとか
もしくは転生してこちらで幸せに暮らしてるのかなとか
いろいろ思ったりします。

当時の私は
「私が保護せず、他の誰かが保護していれば
助かっていたかもしれない。私はなにもできなかった」
と自分を責めてばかりいましたが
そういうことを考え始めるとぐちゃぐちゃになるので
なるべく考えないようにしていました。
「考えても仕方ないことは考えない」これが一番のリハビリでした。
そして
「自分にとって毒になる人や物事」は全て遠くに追いやりました。
そのきっかけをくれたのはトラとクロだったと今でも思っています。

そして今、ちょっとでも考えこむ時間もないくらい
めまぐるしい日々を過ごしています。
こうして自分が育児に奮闘しているのを
6年前の私は想像できていたでしょうか(汗)

…おかげで余計なことを考える暇もないので
ある意味よかったかもしれません。

ちなみに娘は道端で猫や犬を見ると興味津々で
テレビや雑誌、猫のご飯のパッケージの猫を見るだけで
ニコニコうれしそうです。

私と旦那の猫好きも娘に遺伝したのかもしれません。
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2016年06月13日 (月) | 編集 |
トラとクロの事

6/12はトラの6/13はクロの命日です。
お花や猫ご飯を買いに行こうと思ったのですが
大雨で外に出れず。
今度買いに行こうと思います。

あれからもう5年経ったのかあと思いつつ
今年は娘をあやしながらトラとクロの事を思い出していました。

昨日はずっと捨てられなかった処方薬を冷蔵庫から取り出し
袋以外は処分しました。
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中身は点眼薬と心臓の薬、抗生剤シロップ。
特にシロップは劣化して大変な事になってました(汗)
この袋を見ているといろいろと思い出します。

四日間二匹を必死に看病していた事。
朝起きたらトラが動かなかった事。
その次の日からクロを旦那と交代しながら看病した事。
動かなくなったクロに旦那が必死に人工呼吸してくれた事。

毎年この日が来るたびにいろいろ思い出しています。
「大好きだよー愛してるよ」と声に出します。
そしてやっぱり泣きます。
「娘が産まれたよー。
陣痛の時『トラ、クロ助けてー!』って叫んじゃったよー
おかげで無事に産まれたよーありがとうね」

娘はたまに一点をじーっと見ている事があります。
トラとクロがあやしてくれてるのかもなと妄想しています。

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2015年06月12日 (金) | 編集 |
今日6/12と6/13は2011年にお世話をしていた
子猫たちトラとクロの命日です。

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トラ♂ 生後10日ほど 160グラム
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クロ♂ 生後10日ほど 200グラム

(二匹とも公園に停車中の車タイヤ付近で行き倒れてた。
母猫が見捨ててしまったようで大学生が保護し、
大学広報→友人→私経由で一時保護。
四日間ほどがんばってくれたけど
先天性の心疾患(推測)とひどい猫風邪でトラが先に、その次の日クロも息を引き取った。)

「もう四年前になるのかあ」と思いつつ
近所のお花屋さんにアルストロメリアを買いにいきましたら
春のお花なのでもう出回ってないとの事。

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去年までは普通に売ってたのですが
流通の関係や天候不順があって難しいのでしょう。
結局ガーベラを一輪買って帰ってきました。
濡れ餌も購入してお供え。

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四年前と比べて毎日泣き暮らすということはなくなりまして
ずいぶん回復してきたとは思ってます。
毎日泣いてたのが一日おき、三日おき、一週間おき、半月おき。。。みたいに
少しずつ慣れていきました。

でも当時トラとクロの事を描いた漫画は読むと目から水分がとめどもなく
流れてしまうのであまり読んでません。
たぶん再録や再出版もしないでしょう。
ブログを書いてる今でも眼から鼻から水分が駄々漏れですが。

興味ある方はどうぞ。こちらから全ページ読めます↓
※再投稿※福来軒へようこそ〜ぬるらーめんはじめました〜 | テラ [pixiv]


今でもこんなんですが、当時きちんと泣けてよかったと思ってます。
我慢しないで感情を出せてよかったと。
それを受け止めてくれた家族や仲間にとても感謝しています。
反対に離れていってしまった人もいるけども、
支えてくれた人はそれ以上にいましたから
なんだかんだ言って私は結構幸せ者です。

最近も子猫たちの話を友人としていて
「苦しさや辛さをすっかり忘れて、またこの世に(イエーイ♪来ちゃった♪)って
能天気にやってきてくれたら嬉しいし、ウェルカムだよ」と友人。
それもそうだよなあーって思いました。

そういえば昨夜は子猫がいっぱい出てくる夢をみました。
すごくかわいくて、母猫が一生懸命世話してました。
残念ながらトラとクロはいませんでしたが。

工場には相変わらずみっけさんが絶好調でやってきます。
そんな彼女ももう7歳です(推定)
いつものように撫でながらトラとクロの柄を見つけては
三匹分まとめてかわいがっています。

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今のところ
旦那も私もみっけさんも元気でいられています。
だから幸せです。

トラ、クロありがとうね。
2014年06月15日 (日) | 編集 |
6/12と6/13はトラとクロの命日でした。
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それなのに忙しさにかまけて私はすっかり忘れてしまってまして。
急いで供えるお花やご飯を買いに行っていました。
お花はこの時期に出回ってるアルストロメリア。
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花言葉は「未来への憧れ」「幸せな日々」

この時期は子猫がたくさん生まれる時期です。
だからツイッターなどで
「子猫拾った助けて」という記事をよく見ますが、
それを見るたびに思うところがあったりします。
拾う状況はいろいろあるし(あきらかに弱ってるor怪我してるなど緊急な場合)、
でも中には近くに母猫がいるのに結果的に引き離してしまうこともあります。
そんな中で「貰い手無ければ保健所なんです」
とかいう記事を見るとちょっとぐったりしてしまうのです。
実際そういうことを言う人を目の当たりにしたことはあるんですが…
「それってなに?脅迫なの?ちゃんと考えてるの?」とか思ってしまいます。
猫や犬をかわいがるのは良い、
でも命に関わる立場になるのだからいろんな覚悟はいるんです。
「関わってやっている」じゃないです「関わらせていただいてる」んです。
だからこそ中途半端に関わってはだめだと改めて思っています。
どこか冷静な自分がいないといけないなって思います。

…そうは思っていましても、
命日に近くなる五月下旬あたりになったときいきなり辛くなってきて
何もしたくなくなるときがありました。
どんなに泣いてもしかたないのはわかっているんですがね。
やはり心にまだダメージがあるんでしょうね、前ほどではないのですけど。

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たぶん前よりダメージが減ってきたのは
工場に遊びに来るみっけさんのおかげかなと思っています。
劇的に気持ちに余裕ができてきたのは明らかです。
みっけさんは縞三毛という柄できじとらやら、
黒猫やら茶トラやらいろんな柄が混じってます。
それを見るたびにトラとクロのことを思い出してました。
でもみっけさんと接していくうちに、
みっけさん自身を愛しく思うようになってきて
うまくは言えませんが、
それがリハビリになってきたんだろうなと思います。
かといってトラとクロのことを忘れたわけではないですが。
それにみっけさんを正式に飼っているという状況ではないですし…。
みっけさんに対してもある程度距離は保っていなければいけないなと感じてます。

今の状況は
「トラとクロがいなくて悲しい」と思う気持ちに
「みっけさんが側にいてうれしい」という気持ちが重なって
でもその上にトラとクロへの後ろめたい気持ちみたいのが
また重なって幾重にも層になってる感じ。
これからずっとそのミルフィーユみたくなった気持ちを
ずっと持って生きてくんだろうなと思ったりします。
…たまに心が重くなるかもしれませんが悪い気はしません、
今としてはどんとこいという感じです。

以前すごく辛くて仕方なくて「もう忘れたほうが楽だ」と吐き出した私に
「すべて忘れてしまうのは余計悲しくありませんか?」と声をかけてくれた方がいました。
そのとおりだと思います。「悲しい」は「愛しい」と紙一重だと思いますから。
それに気づいたときに少しだけ気持ちが楽になりました。

話はそれますけど好きな歌で「愛し(かなし)」という歌がありまして、


調べてみましたら古語で「どうしようもなく切なくていとしい」
という意味だそうで非常に感銘を受けました。
日本語ならではの言い回しだと思いました。
※言葉の意味など→愛し(かなし)
赤ちゃんや子猫など、愛しくて守りたくて大事なものに接したときにあふれてきた
不思議で複雑な感情はきっとこういう意味を持っているんでしょうね。

2013年06月21日 (金) | 編集 |
もう過ぎてしまいましたが、6/12と6/13はトラとクロの命日でした。
連休にお墓参りにいきましたが、
この日はアルストメリアを買ってきて、ごはんと一緒に供えました。

※ちょっとだらだらと話すのでかなり長文になりますのでお許しください。
めんどくさかったら飛ばしちゃっていいです。

あれから2年過ぎたし、もう気持ちも落ち着いたと思っていましたが
それは自分では忘れているつもりなだけであって
実際はつい先日のことのように二匹の事を思い出します。

しかも日常的な瞬間に。


例えばスーパーで「今日何にしようかしら?」なんて思っている時に
ふと思い出して涙があふれてきたり。
電車に乗っててぼーっと風景を見ていていきなり発作みたいに
泣きそうになったり。

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思い出は時が経つと美しくなるものだとか言いますが…
自分は記憶を反芻してしまうタイプなのでそれが強いんだと思います。
ただ基本ネガティブ人間な私はネガティブなほうにいってしまったんですね。

実際、子猫の看病やお世話はすごく大変でした。
かわいいだけでは世話はできません。
おしっこもすればうんちもする、目薬が嫌で大暴れする。

冷静に思い出すとイライラするくらい本当に大変だった。
当時、展示の準備をしながら看病してました。
連日ほぼ寝れない状況が続いてしまい、
トラとクロには悪いけど、献身的に世話をしながらも
「この厄介者め」とほんの一瞬でも思ってしまった自分がいました。

そしてトラとクロがいなくなってしまって
そんなことを一瞬でも思った自分をすごく責めました。
あの子達は全然悪くないのに、私があんな事を思ったりしてしまったから
トラとクロは死んでしまったのではないかって。
里親さんが決まってたので、名前はあまり呼ばないようにしてました。
もともと名前は通院のためにつけたものでした。だから
もっと名前を呼んで、
かわいがってあげればよかったって。


でももういないんです。
いなくなってから名前を呼んでももう答えてくれないじゃないか。

そんなときに旦那が
「人間は考える事ができる動物なんだ。
でもそれはメリットもあればデメリットもある」と。
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※再投稿※福来軒へようこそ〜ぬるらーめんはじめました〜 | テラ [pixiv]

↑こちらから全部読めます。

そして
「お前は本当によくやったよ。だからなにも考えず、とにかく寝ろ」
と言ってくれたのを覚えています。

以前非常につらかったとき思い出すのはトラとクロの苦しそうな姿ばかりでした。
でも最近改めて写真をみていたらこんな写真をみつけました。
保護当時、鼻づまりですごく苦しそうにしていましたが
すごく幸せそうにすやすやと眠る二匹の姿がありました。

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そして命日の一週間前にやっと夢にトラとクロが出てきてくれました。
トラとクロは保護当時のままでしたが
当時のように私は一生懸命トラとクロの排泄を手伝ってました。
二匹とも比較的元気だけどひどい便秘気味。
私は大きめのどんぶりに暖かいお湯を入れて、ずっとマッサージしていました。
すると二匹とも素晴らしいほどの量のものをいっぱい出してくれまして
「よかったねーいっぱい出たねーこれならきっと元気になれるね」
と夢の中の私は嬉しそうに言ってました。
そこで目が覚めました。

その事を旦那に言いましたら
「よかったな、やっと会えたんだな」と言ってくれました。
少し涙ぐむ私。
旦那「泣くな〜トラとクロが困るぞ」
私「違うもん、これは嬉し涙だもんっ」

きっとまたどこかで会える気がします。
だから頑張ります。

…まあたまに泣くのは許してね。

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